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Vol.6 「予約が取れない!4ヶ月待ちのサロンに」仲間募集して店舗として移転

みなさん こんばんは。
今日はブログの日です♪ 

もう気がついたらvol.6まできちゃいましたね 笑
昨日 毎週ブログ楽しみにしていますと、あるお客様が言って下さいました。とっても嬉しいお言葉です^^

さて、今回のテーマ「予約が取れない! 4ヶ月待ちのサロンに」仲間募集して店舗として移転

10年前、サロンをやり直そう!
そう決めてから、4、5年上手くいかなかったお店が、約1年間位で成り立つ事ができました。

念願の医師との連携もできて、自分のやりたいと思える事が少しずつですが叶う事ができました。
振り返れば、なぜ上手くいったかというと、ただただ目の前の事の必死だったし、後にも先にももう戻れないという気持ちになれた事だと思います。

キャリアもなければ、特に何の取り柄もない私が、好きな事をしてご飯を食べる事ができたのは、本当に周りのみんなのお陰だったと、つくづく思います。

でもそれまでの私は、文句や愚痴ばかりで、周りへの感謝などする事があまりありませんでした。
自分の都合にいい人と付き合い、いわゆる「幸せにしてほしい女」だったのですね。

30歳を目の前に気がついて本当によかった。

個人サロンを難波から西区新町に移転して、1年で生活はできるようになり、2年目に入った頃、お友達の同業の
ローズエンジェル田中さんから、雑誌SAVVYの取材をご紹介頂いたんです。

業界でも無名な私は、嬉しくて嬉しくてしょうがなくて、飛び跳ねるように喜びました。
そして、取材当日。
緊張してうまく笑えず、今見ても顔はむくんでいるし、表情は硬いし、おかしな笑顔だけど、
今でも鮮明に初めての取材の事は覚えています。


この時もやはり、人の繋がりでしたね。
当時気の合う同業のお友達は、ほとんどいずで、仕事の話をできる人が少なくて、よくよくお茶にいき、泊まりに行き、美容の話で盛り上がる日々を過ごしました。

本当に田中さんには感謝です。
今のclearをみんなに知ってもらうきっかけを、くれた方ですね。彼女との出会いはある美容の講習会でした。
何人もいる中で、たった一人だけ田中さんとだけ私は仲良くなりました。縁ですね。

そして、この取材がびっくりする程の反響で、1ヶ月に50名近くの問い合わせがありました。
勿論50人も予約枠はありませんでしたので、来月、再来月と予約を入れて頂く事になりました。

そして、その半年後の取材が前回よりも反響があって、その時は1ヶ月で100名の問い合わせ。

既存のお客様もいる中で、嬉しい反響ではありましたが、元々支えて下さるお客様の予約が取れなくなるのが、
私は嫌だったので、ご新規のお客様の予約は4ヶ月待ちという事で対応させて頂く事になりました。

結局その後、店舗に移転してからも反響は少しずつですが、続いて、何度かの取材で400名近くの方が
来店される程の反響でした。

本当にありがたい。
雑誌の影響もあって、来た事がない友達がきてくれたり、紹介がでたりと。
不思議とそんな感じになりましたね。世の中の信用とは凄いものです。

でも、正直怖かったところもありました。
雑誌を見てきて下さる方の、期待に応えられるのか?また来て頂けるのか?

そんな事を考えながら、地に足をつけ、「またいきたい!」そう思って頂けるように、毎日毎日必死で1年間
施術しました。
そして、その結果、リピートして下さる方も多くて、予約が毎月ほぼいっぱいになり、サロンは一人ではもう
限界になり、アルバイトのスタッフもきてもらって、スタッフを入れて店舗の形にする事に決めました。

実は、ずっとゆっくり一人でプライベートサロンを営むつもりでした。
でも、一人で出来る事は所詮限界があって、人が増えると今までできないイベントができたり、
いろんな発想も生まれる。

そして、何より嬉しいのは、孤独でない事でした。
中には一人の方がいいと思う人もいると思います。でも私は話相手でいいから、誰かにいて欲しい、
そう思うタイプなので、店舗になった時に、今エクステをしている深石さんが、きてくれたとき、毎日
一人のときより楽しくなりました。

そしてその時のアルバイトさんは他スタッフも加わり、店舗探しをする事にして、

「clear未来予想図」
というタイトルで、事業計画を作り、動いて行きました。そうすると不思議なものです。
仲のよい友達のお花屋さんの紹介の同業のセラピストさんが、

「新町4丁目に3階建てのビルがあるよ〜」

と教えてくれました。
clear未来予想図は、実は1階がカフェ&ウィティングスペース 2階、3階が施術部屋という3階建ての
ビルを実は想像していたんです。

その頃のブログ→→♡♡♡

驚く程の偶然。即決で、借りる事にしました。
ところが、お金の準備も出来ている訳でもなく、いつもながら計画性もなく、即断で決めてしまい、その後
いろいろと大変ではありましたが、みんなで壁にペンキを塗ったり、家具を作ったり、オープンまでの
道のりは、とても楽しく、そして意味のある時間でした。

★オープンの日のパーティ


こうして、1人から2人、3人、4人と仲間は増え、clearが店舗としてスタートしました。

そして移転して1年後に難波のお店を借りてパーティをしました。
70名近いお客様が七夕の日に、きて下さってライブをしたり、踊ったりと、とても楽しい時間を過ごしました。



この時、パーティが終わって私はかなり大泣きしました。
うまくいかなかった事を思い出して、あの時に何にも気がつかなければ、こんな風に感動できるパーティには
できなかったし、この仕事もしてなかったと思います。

人生の岐路は、みんなに訪れます。
でもその時に、しっかり自分にあった路を見つけて、動き出さなければ、先の将来はありません。
でもその路を選んだら、それなり相当のリスクも背負います。
リスクがない夢なんて、私はないなと思います。

好きな事をして生きて行くのは、普通に働くより大変です。
でもそれでもしたいと思うようでなければ、しない方が、私は安全だと思います。


今クリアにいるスタッフもみんな私がこう思っているのと、同じで、転職をしてきたスタッフばかりですが、
リスクを背負う意味も理解し、頑張ってくれていることは、本当に嬉しく思います。

でもちゃんと頑張れば結果はついてくるし、先の人生が楽しくなるはずです。
自分自身がそうだったように、何かをめざす人には、そう伝えています。

私が伝えたい事は、自分が失敗して今のようにけしてまだ成功だとはいえませんが、好きな事をして、
生きて行く事を、世の中の人に普遍したい。

特別な才能もない、普通の私ができたわけです。理屈がわかれば、できる人は沢山いるはずです。
まずは、clearのスタッフみんなが、一人でたつ事ができれば最高ですね。

覚悟を決めれば、必ず何かが動いて、周りの方に感謝をすれば、助けてくれる。
ただ、どれだけその為に、必死に取り組めるか? だと思います。

わりと単純な理屈だと思います。いつまでも馬鹿で素直なのが、私の取り柄だと思います。
あまり何かを目指す前に、あれこれ考えず、とにかく「やる!」ただ、それだけですね。


今日も読んで下さったありがとうございます。

次週はVol.7 「コミュニティーを最大限にしたい!」2店舗目「中之島店」openについて、西長堀店4年間の歴史もふまえて、書きたいと思います。

宜しくお願いします。


| - | 23:17 | - | - |

Vol.5 2007.2 「アロマと医療の融合」医師との連携 予防医療に取り組む

みなさん こんばんは。
今日は6月21日(日)私のブログの日です。宜しくお願いします。

今回のテーマは、私のこの仕事の根幹そのものです。

約10年前に独立やり直しをしてから、個人サロンを移転し、なんとか皆さんのお陰でサロンは、
忙しくなってきました。

ただ、この仕事を追求していく上で、自分だけでは改善できないトラブルの方に直面する事が多々あり、
その時に自分なりに調べてアドバイスをするのですが、やはり限界がありました。
この仕事を始めたときから、アトピーやニキビのお客様がとにかく多かった私は、いつの間にか、

「このトラブルをどうにかしたい」

という気持ちが強くて、それが確実にできない自分に腹が立ち、代替医療の本(ナチュラルメディスン)を読んだり、自分の通っている鍼灸師さんに聞いたりする事が増えてきました。

でもどんなに勉強してもやはり限界。
この頃、SNSではmixiが全盛期だったので、いろんなコミュニティーに入って、情報を得ていました。
その時、「代替医療」というコミュニティーで、大阪で予防医療を取り組もうとしている、医師(泌尿器科医)に出会いました。

ちょうど、セラピストを探して一緒に連携したいと思っている頃だったので、タイミングもよく、私の思っている事をすべて伝えました。

そして、私のサロンと先生のされている「むくみ/冷え外来」とで、連携をする事になりました。
外来の内容はむくみ、冷えだけでなく

◎ニキビ
◎アトピー
◎不眠
◎薬依存症
◎うつ 自律神経失調症
◎生活習慣病の予防(既になってる方も含め)
◎アレルギーなどなど
◎生理痛 更年期障害などなど

沢山の症状のケアとして、取り組んでいきました。元々、あらゆるトラブルにアロマの薬理作用があるのは、
知っていましたが、医師と連携する事で一番良かったのは、

診察をして、尿検査や血液検査などをして、はっきりとしたデーターを元に、食事の管理、指導そして、運動療法などを
提案して、私達セラピストにどういうトリートメントをするかを、指示して貰い進めていきました。

今は世間的にも予防医療などは ちょっとずつ普遍されていますが、10年前はまだまだ

「何?そんなん効果あるの?」みたい感じでしたが、私も先生も先の将来はある程度見据えての、取り組みでしたが、中々受け入れてな貰えない現状もありましたね。

診察にもお客様と一緒に行って、トラブルの原因などを根本的に探り、どうしたらいいか?を一緒に考える、
それはそれは、楽しくてしょうがなかったです。

元々「ワイル博士」や「パッチアダムス」の本を20代前半の時に読んでいたので、医師との連携はぼや〜と
思ってはいました。
母も看護士だったし、私の周りの友達やお客様に病気を持つ方が沢山いらっしゃったので、いつもいつも、
自分だけでは何も出来ないことが、悔しかった。

振り返れば、医療との連携を潜在的に求めていたんですね。
病気の方やトラブルが沢山有る方を、理由はわからないけど、放っておけない。どうしても何とかできる事が
あれば。。。それは昔も今も変わってはいません。

その理由は、
◎根本的なトラブルの原因を探る事ができる
◎単なるリラクゼーションではなく、改善をさせる事ができる
◎確実な情報を提案し、根拠のあるデーターを出せる事

ぼやぼや思っていた事が、一瞬にして形になっていく瞬間でした。
今まで、私だけでどうする事もできなかったお客様の声に答える事がどんどんできて、今までより自信を持つ事も
できました。

実は、この時思いついたのが、今のclearのコンセプトなんです。
「あんまりつめて通ってほしくない」
通わなくてもいい状態に、出来る事を医師との連携から、学びました。


それは、やはり根本的なトラブルの原因を探る事でした。
病気になる前に、トラブルになる前に、自分の体を知る事、ケアする喜びを感じる事です。

そしてその医師と共同でメディカルサロン的なサロンを別に作り、約2年間、沢山の症状をもつ方を一緒に取り組んでいきました。
その後は、私の個人サロンから店舗への移転などもあり、クリニック的な要素をもつサロンは、先生中心へと、
形は変わってはいきましたが、今もよき相談相手となってくれます。

この時に得た知識 カウンセリングの方法や提案方法などは、今の私にとって最大の財産であり、
セラピストとして生きていく上でなくてならない時代だったと思います。

そして、私は医療従事者とはまた違うセラピストとしての役割をもって、この仕事に取り組んでいこうと、
思える事ができたのも、また良かったですね。

そして私達体を触る仕事をする者は、根本的なトラブルの原因を探ると共に、お客様自身に確かな情報を提供しなければいけない。

薬が悪いとか、病院が悪いとかでもなく、偏りのない情報を発信する努力をしなくてはなりません。
これだけ情報が多い世の中で、何が正しくて何が間違っているかを、判断する事は、とても難しい

ただただ、通ってもらってもそれは相手の為にはなりません。
あくまで、病気も含め、トラブルを改善するのは自分です。
最近は、メディア、情報リテラシーの重要性が問われています。

(ちなみにこの本はおもしろかったです。リテラシーの事もわかりやすく書かれています→メディアバイアス
先進国はあらゆる事が便利になって、すぐに情報が手に入るだけあって、自分で物事を判断する事が、
出来づらくなっています。

便利な世の中に依存するだけでなく、うまく付き合っていかないと怖いなあと思います。
発展途上国は、不便なだけあって、情報が少ないのが現状です。
だからこそ、身近に代替療法などを、自分自身でケアをして、それでもだめなら病院にいく。

同じ先進国でもドイツの方は風邪を引いたらまずはカモミールティを飲むそうです。
フィンランドの方は、サウナに行ったりするそうです。

ヨーロッパの代替医療、本当に素晴らしい。
すべては使い分け。そして使いわける事を判断できる力を持つ事です。

お客様自身がある程度の事をできる状態にできるように、あくまでサポートをする、そして、個人のリテラシーを高める事が大事で、それがないと予防医療って取り組めないと思います。

今は美容外科でも予防医療の為に、いろんな方法が取られています。
健康食品も沢山あります。
でも、何かをどんどん足していく健康方法ではなく、まず知識を持つ事、判断する力を持つ事によって、体への
関心を持つ事、これが予防医療を取り組む上で、一番大切な事と考えます。


そして本来の体の持っている力を最大限に引き出して、それができるように進めていく、コレが私の考える
予防医療なのかもしれません。

知識を付けて賢くなったら、無駄に何もいらない。答えはシンプルisベスト。
考え方を変える作業だと思います。目指すは

「マイナスの美容 健康法」です。私達はそれをナビゲートしていく集団でありたい。
そう考えます。
 
例えば、頭痛薬をラベンダーやペパーミントの精油を使って緩和したりして代替えしたり、アロマをして、
治癒力を高める体を作ったり、運動をして筋力を付けて基礎代謝を上げたり、ストレスを緩和して、沢山食べたい
欲求を減らしたり。できることはいっぱい。


方法論は人それぞれだけど。
そして、私達でできない病気の方に対しても、提案できる医療従事者との連携をし、時に薬も使うかもしれない。
でもけして、依存させない医療の形を将来的に作っていけたらなと思います。

まだまだ予防医療を、私は語れません。
もっともっと、追求して思う形に近づけたらなと思います。

そして、この医師との出会いが、私にとってのターニングポイントであり、医療との連携をする必要性を感じさせてくれました。
人の体に触る仕事の尊さを感じ、逆に怖さも知りました。

まだまだ自分が描く形は未知で、ぼやっとしています。
ただ、このブログを書く事で、より鮮明になっていくのがとても気持ちよく感じます。


次週はVol.6 2008.7 「予約が取れない!4ヶ月待ちのサロンに」仲間募集して店舗として移転
についてお届けしたいと思います。

| - | 00:48 | - | - |

Vo.4 「転機 30歳を目の前に覚悟を決めた時」 個人サロン移転 

みなさん こんばんは。
今日は6月14日(日) 私のブログの更新日です♪
宜しくお願いします

前回は、独立失敗というテーマでお届け致しましたが、「失敗」があったからこそ、気がつく事があって、私は変われました。
そして、自分が変われたように、同じように思って生きづらく悩んでる方に、いくつになっても変われる事を伝えたい!
でも、どんな人生になるかは、運や巡り合わせではなく、自分自身でしか切り開けない、変えられないものです。
本を読んでも、有名な方の講演を聞いても無駄とはいいませんが、自分の足で踏み出す事でしか、何も変わらないという現実を10年前に痛い程、私はわかりました。

よく耳にする言葉「過去と他人は変えられない。変えられるのは、未来と自分」わかりやすい言葉なので、気に入ってます^^

さて、今回は転機について書きたいと思います。
============================================
前回の内容と重複致しますが、失敗の原因に気づいた私が、行った事
「お客様とのミーティング」
お店を作っているのは、私ではなく「お客様」なんです。だから求めるお店を作るのが、私はプロの定義だと
思っています。勿論 コンセプト 方向性それは、リーダーである私が決める事ですが。

そして、この当時 近くにいる友達にも沢山励まされました。
バイトを辞める事を決意したとき、親友Mちゃんは言ってくれました。
「あんたが本気でやるなら、協力するよ〜今まではどっちがわからんかったから。」

「えっつ??」

友達には、私の目標、伝わっていると思っていました。でもそんな事はありませんね。
仲のよい友達だからこそ、生活の安定を一番に考えて、お店をしている事は、100も承知だったんですね。
本当 戻れるなら絶対バイトはしないな。

本気だから誰かが手伝ってくれるわけで、私の生活の安定の為にだれも力は貸してはくれません。
でも、若い頃はその理屈がわからなかったんですよね、私も。

さあ、これで本格的にやりなおし!

移転前は、わずかなお客様からの再スタートでしたが、気持ちがかわると、友達やお客様が宣伝してくれて、何とか家賃やその経費なども払うことができ、少しの生活費もでるようになりました。

技術もお店も何も変わっていないのに、なんでこんなに変わったのか?
それは、自分より相手の気持ちに、耳を傾ける事を徹底したんです。自分の利益は一切考えない事。
ただ、それは意識していました。

それは、尊敬する方に1回騙されたと思って、やってみろ!って言われたので、不安もいっぱいありましたが、
とにかく相手の事だけを考えることだけをして。
それだけを考えて動いていたら、周りの方が喜んでくれるので、なんだかとっても嬉しくなって、
続けていけました。
やはり、私今までは、自分の事ばかり考えてたから、お客さんきてくれなかったんだなあって、やっとわかりました。

そして移転前に、私の心を動かす素敵な出来事ありました。
それは、親友Mちゃんが友達を紹介する際に、行ったサプライズのエステのプレゼントでした。

まずは、Mちゃんの仲のよい友達が、バースデーだったので(私もその彼女とは面識あり)、自宅サロンだったことも、あって普通に遊びに行こうと誘ってきてくれました。

そして、その場でエステのプレゼントをしたいと言って、サプライズしました。
サプライズされた友達は、凄く感動してくれて、お母さんに「母の日」にプレゼントしたいと、サプライズ。

そうすると、またお母さんが友達に「日頃の感謝」だと、サプライズ。また、この友達が、友達にサプライズ。。。

こうして、感動の連鎖反応が起こっていきました。この出来事が私のやり直すと決めた時に、起こったかけがえのないお話です。

誰かに喜んでもらう! 簡単ではけしてありません。でも、親友Mちゃんの行動がここまで沢山の方を動かす事になったのは、本当に驚きました。

この時、感じた事を後にMちゃんに伝えました。彼女は特別に何かをしたつもりなはいよ〜みたいな感じで微笑んでくれました。 今での足をむけて寝れません。そして、彼女にぴったりの本「ペイ フォワード」という幸せの連鎖について、書かれている本を渡しました。

ご存知の方も多いかと思いますが、「ペイ フォワード」DVDでも本でもいいと思いますが、とても感動する実話の物語です。この物語のように、幸せや感動は、必ず連鎖していくのだと私は思っています。

彼女の感動の連鎖反応は、どんどん広がっていきました。
移転をしてからも、沢山の方がご来店されて、私は彼女のお陰でこの仕事で、生活をして行く事ができるように
なったんです。

人数にすると100名以上です。すごいでしょ??

私は彼女に喜んでもらえたこと 応援したもらったことが、もう一度やり直しのきっかけを作ってくれました。

今のclearがあるのは彼女のお陰といっても過言ではありません。
一番近くにいる友人や応援してくれるかどうかは、私次第です。友達は騙されるところにはいきませんから 笑

=======その後 引っ越し 西区新町にプライベートサロン「clear」がリニュアルオープンしました

◎この仕事で生きて行くという覚悟 
◎趣味ではなくプロとして取り組む気持ち。自分が一番ではなく、相手(お客様)が一番という姿勢 
◎社会問題を解決する為(便利な社会になって起こるココロとカラダの不調の原因を探る)に起業する事

以上の事に気づいて、スタートしました。

家具選びも、メニューもお客様や友人と決めました。「clear」という名前にあうかどうか?を吟味し、今から
10年前に「clear」として始まりました。
「clear」とは、濁りのない 澱みのない きれいな透明です。お客様自身が悩みをリセットし、クリアになっていけたら、、そう思って決めました。そして、後にわかった事は、スタッフも同じで、変わりたい!と思う人が集まって、どんどん入社したときよりも、クリアになっていってます。
頭にパッと浮かんだ名前が、私のとってはとても大好きでしょうがない 名前となりました。

さて、当時のclearの写真が一部 ウェイティングスペースが17帖位+トリートメントルーム10帖位+小さいですがベランダ。
今でもこのサロンの内装やインテリアが、私はとても気にいってますね。


この頃、雑誌の取材がいくつかありましたので、それも一緒に。 
★Savvy




「好きな事をして、エステの仕事で生きていける」なんて一度は諦めかけたものの、考え方と気持ちを変えただけで、成り立つなんて、人生は捨てたものではありません。

でもやはり当時にいつも話を聞いてくれてた同業のお友達 異業種だけど、一緒にclearの事を考えてくれた友達が
いての事だと思います。

独立をこれからされる方へ〜
覚悟が決まったら、何でも話しできる仲間を探しましょう〜そして、ディスカッション&ディベートできる程の、関係性をもった方と。けして一人ではたいした力は出せません。

ぜひ、私のブログが、今悩んでいる人、背中を押して欲しい人にとって、リアルな声が届きますように。。。

今日は長くなりましたが、終わります。

次回は、私のこの仕事の根幹 予防医療として取り組みについて、なぜ医療とコラボなのか?

についてお届けしたいと思います。
Vol.5 2007.2 「アロマと医療の融合」医師との連携 予防医療に取り組む です♪

| - | 16:29 | - | - |

Vol.3 「独立失敗 バイトばかりの私」この先どうなるんだろう??

みなさん こんんちは。
6月7日 今日は日曜日 私のブログ更新の日です♪
宜しくお願いします。


勢いと想い溢れて、お店を自宅で始めたものの、中々思った通りにはいきませんでした。kyu
勿論そんなにすぐには、どんなお店でもうまくはいきませんが、私の失敗の原因は、すべて自分の中にあったという事でした。
まあ何事もうまくいかないのは、けして世間のせいでもなければ、誰のせいでもないものです。
いつもどんな時でも、自分次第だと10年前に気がついてからは、何事も楽しくできるようになりました^^

まず自宅サロンを初めて1年目。
家賃は12万円。

個人サロンなら妥当な金額で雰囲気も良く、住んでいるわりにはいい空間でしたニコ

最初からはエステだけでは、生活していけないとは思っていたので、週3日位は(一日4.5時間)をアルバイトもしていました。

「いつかは、バイトも辞めてエステの仕事1本でやっていける!!!!!」

そう思ってのバイとでしたが、実はこれもまた独立当初の失敗だった一つです。
結局は、スタートが遅くなるんです。
少しの安定を選ぶと、目の前の事に死ぬ程夢中になる気持ちが、落ちます。
それは、今ならわかる事ですが、当時は自分の生活の安定を一番に考えてしまっていたんですね。

さて、どんな感じだったのか?1年目から4年目あたりまでまとめてみました。

=======================

◎1年目 
 売上は家賃が払える位。生活費はバイトで補いながら生活はできました。
 
 会社時代より自由な時間が増え、体力的にも精神的にも楽。ランチも行けるし^^
 カフェにいったり、図書館にいったり。毎日縛られる事なく、楽しい時間でした。
 ただ、不安はやはりありました。。 でも何とかなるさ〜みたいなお気楽な感じでした。

◎2年目
 中々、お客様増えないなあ〜。いつ誰がきてくれるかわからず、不安な気持ちが膨らみだした。
 バイトちょっと増やそう。。 少しやる気もなくなってきた感じ。
 会社時代より収入も半分になってる。1年目はいいけど、一般に3年以内に立ち上がらないと厳しいって、
 聞いてるし、ちょっとやばいかも。でもどうしていいかわからない。

◎3年 4年 5年目
 体調を崩しほぼほぼ休業。自律神経失調症。誰とも会いたくない。仕事以外、外にでたくない。。ネガティブ。
 でも生活しなくちゃ。どうしよう。まだ若いからまあいっかとも、思い、
 バイト増やして、割合は バイト9:エステ1 完全趣味の域に入ってきてしまいました><
 
 「もうぼちぼち自分でするのを辞めよう。どこか就職しよう。
 面接にいったり、エステ受けにいったり。 でも、やっぱりいきたい所がない。
 文句や愚痴ばからか増え、自信もないのにプライドだけ高くなってしまう。
 わかっているけど、やめられない。 完全に悪いスパイラルに入ってきてしまってました。
 「でも変わりたい! こんなはずじゃない!」自分で描いた人生には程遠い。
 

===================もうすぐ28歳 30歳という節目の年がやってくる。焦り。

どうしてこんな事になったんだろう??
今まで、自分の気持ちを無視してきたのに、もう向きなわないといけない状況。
何度も何度も考えました。そして、やっとその不安をいろんな人に、話して見る事にした。

そしたら、ある方に聞かれた。

西山さんは なんで独立したの??」
「なんでエステがしたいの?」
「生涯 この仕事していく覚悟ある? 本気?」
「西山さんのしている事の社会性って何?」


すべて今なら答えられる質問が 当時は答えられませんでした。
少しは答えられたものの、
「西山さんの話って、相手が入ってないよね。全部、自分が得したいとか、自分の事が優先やね」

と言われました。はっとしました「ほんとだあ。やばい!」

「自分が一番得したい!儲けたい!って事が一番なら、誰がその夢に協力しますか?
勝手にどうぞって感じよね〜 起業するって、誰かの為になる事 社会の為になる事やで 基本は。
それがビジネスの定義やで」と。

同時に「社会起業家」という言葉を知りました。
今は、当たり前になりつつあるソーシャルベンチャー。

そのビジネスの在り方に、私は深く共鳴し、チェンジしていこうと思いました。

当時ひねくれていた私には、多少キレイゴとや理想主義には思えましたが、とても納得のいく話でしたので、
気がついた私は次の日から、行動を開始しました。

そして、その時よんだ本 「すべては捨てる事から始まる」でした。

その冒頭:「貴方は右手にバナナ。左手にリンゴ。それでもまたイチゴを欲しがっている
この本は、変わりたいけど変われないと思っている方には、入門編としてはオススメです。

確固たるコンセプトもできてなければ、覚悟もない。相手の事より自分が優先。それじゃあ流行るはずがない。

さあ、気がついた私は、まずバイトを辞める事にしようと思いました。
ただ、でもすぐには収入的に厳しかったのでとりあえず1年後という期限をきっって、バイト9割から3割程度に変えました。

その時、エステでの収入が金額にして5万円程。到底やっていけるはずがない数字ですが、
「やる!」って決めたら、怖くなくなりましたね

何かを始めようとする時に、よくする言葉、

「できなかったらどうしよう」「向いてなかったらどうしよう」

この言葉多いのですが、答えは「やるか?やらないか?」ただ決めるだけです。
やる前にできるかどうかなんて、答えがわかっていたら、誰も苦労しない。
わからないから、してみるわけだし、してみてだめならやめればいい。ただ、覚悟を決める、決断をするだけです。

つまりは、決断から逃れたい。ないしは、決めると責任をとるのが自分だから、決めれない。
本心はそんな理由だと思います。

これもまた、当時の私にはわかっておらず、後でわかった理屈です。

では、具体に何をしたかというと、

「お客様とのミーティング
」です。これを何度も何度もしました。
お客様も気持ちって、わかっているようでわかっていないものです。長年していると、やはりわからなくなります。
ですから、まずは相手の気持ちを徹底的に知る事から始めました♪

その時 あるお客様Hさんは言いました。
「やっと西山さん 本気になるのね〜妹といってたの。本気になればできるのにね〜」

そうすると、一人二人三人と ご紹介下さりました。
本気だと人が動くものですね。今もまだ継続して通って下さっていいます。

====================================
失敗の原因 まとめると

.灰鵐札廛箸曖昧
⊆分よがりのお店 スタイル お客様より自分の生活が大事
 また、一般にビジネスのイメージは「give and take」
 でもそれは、takeの為のgive。 欲しいから与えるわけです。それは相手には伝わってしまいますね><

 本当はgive give ......... 。takeを期待しない、ほしがらない
 まだまだ できていませんが、マザーテレサがセラピストなら行列ができるかもしれない 笑

趣味なのか本業なのか 覚悟をしていない バイト辞めれない

 失敗は、やはり自分の中にありました。結局は自分で気づき、何もできていない自分を認め、
 そして、自分でしか変わる事ができないという理屈を知りました。

ただ、変われたのは本当に困っていたからであって、変わる必要が私にはありました。
変わる必要がなければ、中々人は変わりません。なぜに変わりたいのか?その理由を考える事から、始めるのが
いいかもしれませえん。


そんな事に気がつきながら、今日は終わりにします。

次回は失敗のしない為にはどうしたらいいか?
テーマに合わせて、お届けしたいと思います。

来週は、
Vo.4 2005.4 「転機 30歳を目の前に覚悟を決めた時」 個人サロン移転  今回の内容を反復する形に
なりますが、ぜひお楽しみに〜


| - | 16:20 | - | - |

Vol.2「アロマセラピーとの出会い」 自宅サロン開業」

みなさん こんにちは。
今日は日曜日 私のブログ更新日です♪ 宜しくお願いします!

前回は会社時代の私について書きました。
色色と疑問を感じながら働いてはいましたが、この世界に入ってよかった!そう思える事もできたし、
沢山の事を学ばせて頂き、感謝でした

その頃があっての今ですね!


さて、Vol.2「アロマセラピーとの出会い」自宅サロン開業 について、お届けします。


会社を辞める頃は、実は独立を理由に辞めたわけではありませんでした。
少し疲れたので休憩をしようかなと思っていました。

とりあえず一旦辞めて、働きたいサロンがないかを探し、お客様として通ったり、面接にいったりして。
ただ、探しきれてないのもありますが、やはり前回で書いたように、ローンでしか通えるサロンが本当に少なく、就職したい会社がなかったんです。

でも妥協してまた再就職するかとも考えたのですが、イマイチ魅力を感じず。。
何年もこのシステムで働いたセラピストにしてみれば、慣れたらこれが当たり前。
特に疑問を持つ事もなければ、感じることもない、そんなセラピスト人生は嫌。

ただ、ないのであれば自分で作らないといけないし、作れないでこの仕事を続けたいなら、このシステムに
従って文句を言わずやらなければならない。中々厳しい選択です。

どちらの選択にするか?

独立すれば、「自由+リスク」がついてきます。
既存のエステに就職なら、「多少の安定+文句、愚痴」がついてきます。

本当に悩みました。
でもまだ若かったからそれはそれで、決断できたのかもしれません。

でも正直な気持ちは、お店が持ちたかった訳でもなく、できれば自分の思うサロンがあれば、誰かの元で働いていたかった。
なぜかというと、私は誰かにほめられたい、認められたい! みんなそうですが、特に強い傾向がありました。
尊敬する誰かの為に、頑張って成果をだして褒めてもらいたい、それが一番の原動力だったので、自分とするとなると、褒めてくれる人がいないから、自分だけで頑張らないといけない、これが当時とても不安でした。

また一般には「独立したい」という方は、自分でやってみたい!とか「自分の可能性を試してみたい!」とか、他にも理由があるんだと思うけど、私はあんまりありませんでした。

会社を辞めた理由が、理不尽な事には従いたくないからで、自分の思うサロンがあれば、わざわざ自分でしたいとは、思っていなかったので、本当に本当に悩みました。
私の場合は、作らないとあかんな〜みたいな感じと働きたいサロンがなかったから、困るからとか。。
そんな感じでした。

でも今思えば、必要にかられてお店を作ってよかったかもしれないとも思っています^^
意外かもしれませんが、私は主体に何かをしたいタイプではありません 笑

わりと流されやすく、受け身です!

さて、そうはいっても、独立もきめたものの、やはりイマイチピントこずでふらふらしていた時期が続きました。

「どうしよう」と悩んでいたころに、
会社時代の先輩に、アロマセラピーのマッサージをしてもらいました。

アロマで独立しよう!! そう決断に至りました。
今ならアロマってわりと当たり前ですが、17年前ならまだできる人は少なく、ましてや本場のヨーロッパで学んできている人の少ない時代です。

今まで営業職の強いエステサロンしか知らない私には、アロマの気持ちよさが想像を超えて、こんなマッサージを出来る人が、本当のセラピストなんだろうなあ〜と思って、これなら私の周りの方にも喜んでもらえるかもしれない、
そう思って引っ越しと同時に自宅でサロンを始めました。

当時の写真がもうないので、こんなところで、してました。
いわゆる 住居+事務所みたいな形のところで、俗にいう「SOHO」スタイルです。

場所は湊町のちょっと西。


わりと、当時ならかっこいいマンションだったんですよ 笑 ただ、メゾネットだったので、使いにくかったなあ。
(このあたりも やはりビジネスががわかっていない 初心者でした。)

また「アロマ」は単なる美容ではなく、精神的にアプローチする事ができ、西洋では薬の変わりに使われていたり。
アロマと出会う事によって、私は代替医療という世界を知り、本当に取り憑かれたようにはまっていきました。

この頃から薬は全く飲まなくなり、アロマの力を借りて自然治癒という本来私達がもっている力を使って、
心身ともに健康になるといった事に、仕事だけはなく 私個人としても取り組むようになっていきました。

この時に出会った本が

ワイル博士の「癒す心 治す心」です。

ここからが、医療との意識を考え始めたきっかけです。(またこれについては、Vo.4でお届けします)

アロマを知った時に思ったのは、私は根本的に原因を探って、それに対する必要なケアを提案したいのだと思いました。既存のエステのように、沢山通ったらきれいになるとか、痩せるとか、健康食品を沢山売ったり、それは、
本当に必要なのか? 
実はずっと前から疑問に思っていたのかもしれません。

私達の体には、とても素晴らしい治癒力があり、そして何かを守る為に免疫があります。
その力を借りれば、本当は無駄にいろんな事をする必要はありません。
エステでのマッサージは、自分本来の体に戻してあげる為の行為です。そして、セラピストはあくまで、
サポートするだけです。

きれいにするのは、私達ではなく、お客様自身です。アロマセラピーをきっかけに、私は気づきました。
まして、ヨーロッパでは一般家庭で普通に活用されているのが、またしても特別じゃなくていいですね。

そうして、この仕事をやっていく意味を気づき、「美容&健康」を考えるサロンを作りたいなと思って、独立する事にしました。

その当時のコンセプトは、
〇拱Гぅ轡好謄爐明確なこと (都度払いのみ)
空間を大切にしたい(一般にエステサロンって、おしゃれじゃない。正直ダサイ。。)
コミュニティーを作りたい(お客様同士 交流してほしい)

こんな感じだったと思います。

まだ今とは違って、そこまで考えてはなかったかもしれません。
そして、オープンニングのパーティをお店でして、プライベートサロンがオープンしました。
その時の名前は「色空間」だったのです♪

今のクリアとは違って、カラフルな建物だったのと、以前にカラーコーディネーターの仕事をしていたので、
「色どる」事をテーマに付けた名前でした。メニューもパーソナルカラー診断やメイクもしていました。

こうして、1999年4月にスタートしました。
今思うとですが、ちょっと早すぎたのかな?とも思いましたが、早すぎたから色色と修正できたのかな?なんて、
思い返しますが、スタートしてからは、思うようにいくわけではなかったので、中々悩んだ日々を送ったものです。

また、その続きは次回に〜
Vol.3 「独立失敗 バイトばかりの私」この先どうなるんだろう??

をテーマにお届けします。
次回のテーマはとてもリアルです。あまりお客様や周りの方も一部しか知らないです。
失敗とはいったい何?なのか その理由もふまえてお届け致します。

本日もみなさなありがとうございました^^ 次週も宜しくお願いします〜
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